【メモ】「成す四穂原」なすしおばら
言霊のナゾナゾ……
なすしおばら 成す四穂原 那須塩原
「その沼矛(ぬぼこ)を指(さ)し下(おろ)して画きたまひ、」
その天の沼矛を下におろして、チイキミシリヒニと舌を使って攪き廻して発音する、の意。画(か)きは攪(か)きの謎。沼矛(ぬぼこ)の沼は貫(ぬき)の意で横(よこ)。
「塩こをろこをろに画き鳴(な)して、引き上げたまひし時に、」
塩(しほ)とは四穂(しほ)で四つの母音アオウエのこと。四つの母音をチイキミシリヒニの八父韻で攪き廻して、引き上げた時、の意。
~島田正路【古事記と言霊】より~
「岳」とは…プラミッドのような形状のもの
また、「峯」も形状的にはピラミッドに似ている
栃木「古峯」フルミネ
高千穂「槵触」クシフル
「フル」とは…
久士布流多気クジフルタケ~「多気」多くの息
▼
奇しフル嶽
@布留の魂(ふるのみたま)>フルベユラ~の原泉
「ル」は【流】/【留】~流れて留まる
このクシフルタケ=百敷の大宮は、ピラミッドの形状(岳/峯)をしている。
ルから流れ、ルで留まる「渦巻き」
ルからルへ
~百敷の大宮~
ワサヤナラハマカタア
ヰシイニリヒミキチイ
ヱセエネレヘメケテエ
ヲソヨノロホモコトオ
ウスユヌルフムクツウ
ウスユヌルフムクツウ
ヲソヨノロホモコトオ
ヱセエネレヘメケテエ
ヰシイニリヒミキチイ
ワサヤナラハマカタア
赤のところが、ピラミッドで喩えるならキャップストーン。
このピラミッド(岳)は、蛇がとぐろを巻く姿にも喩えられて来たと思う。蛇も、言霊に密接に繋がるメタファーがある。エネルギーの渦巻き、ボルテックス。それが、竜とか蛇。
多分、この謎謎が解ける人は、エネルギーを自在に操れる。
でも、みまわした限り、どこにもいないけど。
塩原へ行く前日、久しぶりに大魔女と会って言霊の話題をした。言霊学は学問。どちらかというと左脳的。で、それは、今の日本の右脳化してる頭にはいいのでは、と私は思っている。右脳、左脳、両方バランスよく使わないと言霊は理解できないと思う。また、真理とはまさしくそういうバランスで理解される物だと思う。仏教の説く「中道」とはそういうものだとも思う。けして、キラキラフワフワで到達できるものではない。。。。と、サンスクリット語を習う昨今は、その思いが強くなった。
日本のシャーマニズムには、「ふ」巫 と 「さにわ」審神者 がいる。その、さにわに居る者は、左脳的役割ではないかと思う。巫の方は右脳的役割。両方あいそろって、神託が成立する。
ひらひらふわふわしてるだけでは、人は動かない。
知性である剣を使わないのは、人間の機能を半分しか使わないこと。
インド哲学で学んだ事は、一定のレベルまでは理屈を塗り固めてピラミッドを積み上げていくこと。そのぎりの限界まで来た時に、理屈を越えた神のレベルの力で飛ぶ。理屈を理解しないと、ピラミッドは崩れて行く。それが顕教の教え。最後まで来た時に、密教の教えで飛ぶ。
バランス。
Wikipediaより
審神者(さにわ)とは、古代の神道の祭祀において神託を受け、神意を解釈して伝える者のことである。後には祭祀の際に琴を弾く者を指すようにもなった。
「さにわ」(歴史的仮名遣いでは「さには」)は、元は「清庭」(さやにわ)の意味で、神を祭り神託を受けるために忌み清めた庭(場所)のことを指したとする説が有力である。
『古事記』の仲哀天皇の段に、天皇が琴を弾き、武内宿禰が沙庭(さにわ)に居て神の命を請うたという記述がある。ここで沙庭は場所の意味であるが、宿禰が審神者を務めたということになる。その後の記述では、神が神功皇后に乗り移り、神託を述べている。『日本書紀』の神功皇后9年(209年)3月には、皇后が自ら神主となり、宿禰に琴を弾かせ、中臣氏の祖と伝えられる中臣烏賊津使主を審神者としたと記されており[1]、福岡県久山町の審神者神社が祭神として中臣烏賊津使主を祀っている。
後に、神楽で琴を弾く者のことを「さにわ」と称するようになった。平安時代の『政事要略』に「今琴弾之者を以て佐爾波(さにわ)と云、偏に以て神遊に供奉す」とある。
近現代の新宗教教団においては、人についた神や霊の正体を明かしたり、その発言の正邪を判断したりする者のことを審神者と称している。
神を寄せる為に琴弾きという役割があるそうで。古事記の中にも、応神天皇が琴弾きで神懸かりになり、竹内スクネがその神霊を沙庭する役割をしている様子が描かれる。
琴弾きによって、神懸かりになる。
琴、とは事をハ(息)にする装置とか。
ニューロンに働きかける音を出せるものとか。
なのかしらン
てきとーに書いております。
さらに。
天狗の事を調べてて、おもしろかったー!ので、それは昇仙峡の記事にて書きますか。
なすしおばら 成す四穂原 那須塩原
古事記 神代紀
「その沼矛(ぬぼこ)を指(さ)し下(おろ)して画きたまひ、」
その天の沼矛を下におろして、チイキミシリヒニと舌を使って攪き廻して発音する、の意。画(か)きは攪(か)きの謎。沼矛(ぬぼこ)の沼は貫(ぬき)の意で横(よこ)。
「塩こをろこをろに画き鳴(な)して、引き上げたまひし時に、」
塩(しほ)とは四穂(しほ)で四つの母音アオウエのこと。四つの母音をチイキミシリヒニの八父韻で攪き廻して、引き上げた時、の意。
~島田正路【古事記と言霊】より~
「岳」とは…プラミッドのような形状のもの
また、「峯」も形状的にはピラミッドに似ている
栃木「古峯」フルミネ
高千穂「槵触」クシフル
「フル」とは…
久士布流多気クジフルタケ~「多気」多くの息
▼
奇しフル嶽
@布留の魂(ふるのみたま)>フルベユラ~の原泉
「ル」は【流】/【留】~流れて留まる
このクシフルタケ=百敷の大宮は、ピラミッドの形状(岳/峯)をしている。
ルから流れ、ルで留まる「渦巻き」
ルからルへ
~百敷の大宮~
ワサヤナラハマカタア
ヰシイニリヒミキチイ
ヱセエネレヘメケテエ
ヲソヨノロホモコトオ
ウスユヌルフムクツウ
ウスユヌルフムクツウ
ヲソヨノロホモコトオ
ヱセエネレヘメケテエ
ヰシイニリヒミキチイ
ワサヤナラハマカタア
赤のところが、ピラミッドで喩えるならキャップストーン。
このピラミッド(岳)は、蛇がとぐろを巻く姿にも喩えられて来たと思う。蛇も、言霊に密接に繋がるメタファーがある。エネルギーの渦巻き、ボルテックス。それが、竜とか蛇。
多分、この謎謎が解ける人は、エネルギーを自在に操れる。
でも、みまわした限り、どこにもいないけど。
塩原へ行く前日、久しぶりに大魔女と会って言霊の話題をした。言霊学は学問。どちらかというと左脳的。で、それは、今の日本の右脳化してる頭にはいいのでは、と私は思っている。右脳、左脳、両方バランスよく使わないと言霊は理解できないと思う。また、真理とはまさしくそういうバランスで理解される物だと思う。仏教の説く「中道」とはそういうものだとも思う。けして、キラキラフワフワで到達できるものではない。。。。と、サンスクリット語を習う昨今は、その思いが強くなった。
日本のシャーマニズムには、「ふ」巫 と 「さにわ」審神者 がいる。その、さにわに居る者は、左脳的役割ではないかと思う。巫の方は右脳的役割。両方あいそろって、神託が成立する。
ひらひらふわふわしてるだけでは、人は動かない。
知性である剣を使わないのは、人間の機能を半分しか使わないこと。
インド哲学で学んだ事は、一定のレベルまでは理屈を塗り固めてピラミッドを積み上げていくこと。そのぎりの限界まで来た時に、理屈を越えた神のレベルの力で飛ぶ。理屈を理解しないと、ピラミッドは崩れて行く。それが顕教の教え。最後まで来た時に、密教の教えで飛ぶ。
バランス。
Wikipediaより
審神者(さにわ)とは、古代の神道の祭祀において神託を受け、神意を解釈して伝える者のことである。後には祭祀の際に琴を弾く者を指すようにもなった。
「さにわ」(歴史的仮名遣いでは「さには」)は、元は「清庭」(さやにわ)の意味で、神を祭り神託を受けるために忌み清めた庭(場所)のことを指したとする説が有力である。
『古事記』の仲哀天皇の段に、天皇が琴を弾き、武内宿禰が沙庭(さにわ)に居て神の命を請うたという記述がある。ここで沙庭は場所の意味であるが、宿禰が審神者を務めたということになる。その後の記述では、神が神功皇后に乗り移り、神託を述べている。『日本書紀』の神功皇后9年(209年)3月には、皇后が自ら神主となり、宿禰に琴を弾かせ、中臣氏の祖と伝えられる中臣烏賊津使主を審神者としたと記されており[1]、福岡県久山町の審神者神社が祭神として中臣烏賊津使主を祀っている。
後に、神楽で琴を弾く者のことを「さにわ」と称するようになった。平安時代の『政事要略』に「今琴弾之者を以て佐爾波(さにわ)と云、偏に以て神遊に供奉す」とある。
近現代の新宗教教団においては、人についた神や霊の正体を明かしたり、その発言の正邪を判断したりする者のことを審神者と称している。
神を寄せる為に琴弾きという役割があるそうで。古事記の中にも、応神天皇が琴弾きで神懸かりになり、竹内スクネがその神霊を沙庭する役割をしている様子が描かれる。
琴弾きによって、神懸かりになる。
琴、とは事をハ(息)にする装置とか。
ニューロンに働きかける音を出せるものとか。
なのかしらン
てきとーに書いております。
さらに。
天狗の事を調べてて、おもしろかったー!ので、それは昇仙峡の記事にて書きますか。
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