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zoom RSS 【神社巡り7】川越散歩

<<   作成日時 : 2013/07/20 00:15   >>

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住んでいる場所に『熊野神社聖跡』の碑がある。昔はこのあたり一体が熊野神社だったのだろうか。ここは、川を挟んだ高台。神社はたいてい高台にある。
つまり- -高台のとんがった先。
中沢新一著『アースダイバー』で、東京の縄文遺跡や神社がある場所と、内陸に海が入り込んでいた古代の地図を重ね合わせ、分析してるのが面白い。古代の人は、坂を登った上(崎)に住まいを作って、そこを聖地にした。という名残が、多分、神社。

住まいのここも『崎』そして、熊野神社。
秩父での熊野修験とのご縁かたがた、熊野神社つながりで、熊野神社を紹介。


【熊野神社】
埼玉県川越市岸町2-21-7

祭神
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
事解男命(ことさかのおのみこと)
保食命(うけもちのかみ)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
武南方命(たけみなかたのかみ)


「烏頭坂」ウトウサカ
という坂がある
(古墳だったという話もある)

まあ、写真をみてちょ

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この坂にある熊野神社

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境内のお稲荷さん

「月見稲荷」だって…月、ツクヨミ関係ですか?

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本殿の裏に諸神がまとめて祀られていました
それも、社ではなく、石碑です!
なんとはなしに、三角山を思い出す…


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三峰神社の碑もあります
御嶽神社もあります


碑の順番の内訳

二列目左から
御嶽神社 三峰神社 榛名神社 鎮守熊野三社大権現 秋葉神社 八坂神社 諏訪神社


一列目左から
霊神 疱瘡神 稲荷大明神 神明神社 稲荷明神 戸隠神社




そして、この神社には一心講の霊神が祀られていた。

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『一心講』とは

「武蔵国の普寛系御嶽講。普寛最後の弟子といわれる一心が設立した講社。1821年(文政4年)5月13日、一心ほか七名の門人が幕府によって捕縛され、一心は遠島となり、門人は所払いなどにされた。この後、盛心(処罰された門人の一人)らの活躍によって復興した。武蔵国北西部(秩父・奥武蔵・児玉地方)から上野国南部の各地に分布。明王院智観の丸尾講、二代目真乗院の金山講などがある。また一心の出身地である信濃上本入村(上田市武石上本入)にも講社がある。御嶽教を設立した下山応助は一心講系の行者といわれており、同じく御嶽教設立に関わった柴崎嘉角も一心講系の丸江講の行者だった。」
-------------------

普寛というのは、秩父出身の行者。木曽の御嶽山の、王滝口ルートを開いた行者で、木喰僧。
秩父の大滝出身で、王滝とは、どちらの命名が先なのか気になる所…

で。
その霊神が祀られている塚には
またもや御嶽の石碑が

御嶽信仰っていうのは、石碑を立てるのかな?
御嶽と熊野と修験

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内訳

塚の一番上の碑から
「三笠神社 御嶽神社 八海山神社」
「日天社」     「摩利支天社」
「大江権現」    「大聖不動明王」
そして一心講の霊神の碑
てか墓碑?

これって三角山と同じだよ

御嶽信仰を調べると何かわかるのだろうか
っていうか、やっぱこれ修験だよね



というわけで、よくわかんないけど
川越も普寛上人、秩父、武蔵、修験との繋がりが匂うのだった

去年の夏、秩父御嶽に登ったもんねえ。あれはきつかった。真夏の所為もあったけど、それ以外のお役目もあったのかと。同道のあつこ女子がなんか言ってた…一緒に登っている目に見えない存在…のことなど。



修験繋がりなんですかねーよくわかんないわ。

そして、修験は山の秘密を知り

その「山の秘密」とは、レムリアに繋がるひみつの記憶


というわけでー

もしかしたらつづくかもしんない

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